200*昭和の声が聞こえるよ

2011年04月18日 11:36|クルマ食べあるき

 私は札幌の中心部で生まれ育ち、幼いころの遊び場といえば大通公園、狸小路、知事公館という街っ子だった。そんな私が物心ついたころから「この店はいったい何なのだろう」と訝しんでいた店がある。
 ここです、ここ。

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 純喫茶「声」。市電に面した西8丁目角、知る人ぞ知る札幌のレトロ喫茶店の草分けともいうべき店だ。

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 私の記憶が確かならば、このオレンジ色のビニールの庇は30数年前、私が幼いころから変わっていないはずだ。

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 今にも朽ち果てそうな木造の外観、オレンジ色のアクリルのドア。これも昔から変わらない。このオレンジ色のドアのおかげでうっすら中が見えるようで見えなくて、これまた怪しい風情をかもし出しているんですね。親に「この店は何なのか」と尋ねたことがあったがはかばかしい答えを聞くことはできず、その反応とオレンジドアの怪しい風情と相まって、中では子どもが立ち入ることを許されないめくるめく背徳の世界が繰り広げられているのかもしれない、と想像をふくらませていたものだった。
 長じて「純喫茶」というものをおぼろげに理解するようになり、「声にチャレンジした」という友人の話を聞いたりして、どうやらそれほど怪しい店ではないらしい、と思いつつ、なかなか足を踏み入れることができずにいたのだった。だがしかし、先日思わぬ形で「声」を初体験する機会が訪れた。時は週末のお昼時、女子6人で昼食をとることになった。目当ての店がどこもかしこも休業で、たまたま通りかかった「声」の前でひとりが
「ここ、ナポリタンがおいしいって聞いたことある」
と言うので、じゃあ入っちゃえ、というわけだったのでした。
 オレンジドアを開けて潜入すると、テレビを見ている店主らしき人物がひとり。ケーシー高峰(お若い方はご存じないかもしれませんね)を太らせたような、黒いトレーナーとトレパンを履いた初老の男性が
「ハイよ」
と出迎えてくれた。しかしこちらは妙齢の女子6名。「声」の客層とは明らかに異質だったらしく、ぞろぞろと入ってきた我々を怪訝そうに見ながらケーシーは言った。
 「なんか食べるの?」
 ……………えーっと、長く生きているといろんな店に行くものですが、飲食店に入ってこういう問いかけを聞いたのは初めてですね。まあ昼食時ですからね、できれば何か食べたいです。
 「じゃあこっち座れば? こっち広いから」
と、今まで自分が座っていたボックス席へ手招きした。しかし昼時に「なんか食べるの?」と言うくらいだし、どうやら店のスタッフはこのオジサンひとりみたいだし、ここで6人がバラバラの注文をするといろいろ問題がありそうだな。一品ずつ作って最後の品が来るのは1時間後、なんてことにもなりかねない。壁に貼られたメニューを眺めると「特製スパゲティ」という品が。えーと、これはどういうものですか?
「タマネギとかタマゴとかいろいろ入っててね、うちの特製なの。おいしいよ」
はあ、特製ですか。じゃあ噂のナポリタンは?
「ナポリタンはおいしくないよ」
え、えええっ?! おいしくない??
「いや、特製に比べたらってことサ。どっちもケチャップ味だから特製のほうがいいよ。ナポリタン食べるんなら特製にしなさいよ」
 というわけで、否応なく我々は特製スパゲティ6つを注文する運びとなり、ケーシーはいそいそとカウンターの中へ入っていったのだった。長くなりそうなので続きます。

佐々木美和

佐々木美和

札幌在住のコピーライター。運転免許はもちろんゴールド(ただしタイヤ交換すらできません)。近ごろクルマとは週末のお買い物や旅先のレンタカー、助手席もしくは後部座席でライトなおつきあい。ですが、クルマのお出かけは大好きです。

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