ベテラン山男のジイサンに「山には若い娘なんていねぇ。年寄りばっかりだ」と断言された自称山ガール、もはや後戻りもならずてくてくと山道を歩き続ける。
それにしてもだ。80年代に家でゴロゴロしているおとうさんが妻たちから「濡れ落ち葉」と称されたことがあったが、まったくよく言ったものだ。山道を覆う濡れ落ち葉のやっかいなことといったら、家で邪険にされるおとうさんの比ではない。少しでも気を抜くと、スニーカーの底をするりとなでて転倒させようとする悪意に満ちている。ただでさえ山歩きに不適切な足元だというのに、転倒するまいと必死で両脚にチカラを込めて歩くものだから、すっかり膝にキテいる。そうこうするうちに頂上が近づいてきた……と思ったのもつかのま、なぜか下り坂がだらだらと続く。
おい待て。今まで苦しい思いをして登ってきたのに、ここで下っちゃあ損するじゃないか。今まで登ったぶん返せ。
理不尽な思いにかられつつ、濡れ落ち葉に足をとられつつ歩いていくと視界がひらけ、木の階段が目の前に現れた。ヤレうれしや、これが天国への階段か。眼下には真駒内の街並みが小さく見える。頂上はもうすぐ(のはず)だ。
ヒイヒイ言いながら階段を登りきると、アラ? またしてもうっそうとした森になった。ヒイ、まだ登るの? フウ、もう、ハア、ヤダ。疲れた、ハアハア。息を切らす私を尻目に同行者はどんどん先へ行く。ここで駄々をこねていても何も買ってもらえそうにないから、しかたなく岩だらけの道を登りはじめる。ハア……。
やがて岩の階段が切れたと思ったら、いかめしいフェンスに囲まれた鉄塔が現れた。その脇を辿っていくと出ました、ロープウェイ山頂駅。すぐそばには藻岩山神社。
おわしますのはスキーの神様らしい。ともあれ、ここまで辿り着いたご挨拶をして、リフト脇の道を登ると、やっと着きました!
これが夜景ならばさぞかしすばらしいことだろう。
南側には神威岳や烏帽子岳などの山々が連なっている風景が広がり、これまた絶景。
ひとしきり風景を眺めてひと息つくと、急速に喉が渇いてきた。持参したお茶も飲み尽くしたし、売店で飲み物を買おう。
展望台を降りて私と同行者は愕然とした。売店が閉鎖されている! なんということだ、藻岩山ロープウェーは現在改修工事中のため、山頂の売店もレストランもすべてが営業停止しているのだ。なんということだ!!
この渇きを抱えたまま下山など到底無理! どうすればよいのだ!
標高531メートルの藻岩山は、ここへきて突如八甲田山となった。水、水、ぐるじい、ダズゲデ……と這うようにあたりをねめ回すと、あった! 天啓のごとく自動販売機がぽつんと!!
このとき飲んだスポーツ飲料のおいしかったこと。いやあ山ってほんとにいいもんですね。登頂してよかった。ほんとによかった。
腰に手を当ててぐびぐびやっていると、近くでお弁当を広げていた若い男女のグループが突然悲鳴をあげて四方八方に駆け出した。韓国語でなにやら叫んでいるから、たぶんレンタカーで観光道路を登ってきた韓国人旅行者たちであろう。どうやらお弁当を狙うカラスにフンを落とされたらしい。逃げ惑う彼らをなおもしつこく付け狙うカラスを指差し、女の子が叫ぶ。
「ヘバ!」
「ヘバァァァ!」
すると男の子たちが
「○×△※ヘバ?」
「□▽★◎ヘバ……」
と応えている。
「ヘバ」ってなんだろう?
状況から考えると「カラス」とか「フン」って意味かな。
いや、「落とされた」「ひどい」って意味かも。
そういえば函館の人は「へば」って言うね。
別れ際に「へばね」って言うね。
でも韓国人があの場面で函館弁使うかね?
しかもそれじゃあ使い方間違ってるし。
それにしてもカラスが原因で韓国人の札幌に対する印象が悪くなったらどうしよう。
日韓問題になって数年後に「ヘバ事変」となって教科書に載るかもしれない。
私たちは現場の目撃者として名を遺すかもしれない。
などとくだらない妄想をしながら下山するうちに、帰りはあっという間に地上に降りてしまったのだった。行きもこれくらいラクならいいのにー。
帰り道には今年豊作だというキノコもちらほら。ついに初雪も降り、そろそろ秋も終わり。来春の藻岩山の山開きは標高にちなんで5月31日。うーむ、再チャレンジしてみますかね。
余談だが、後日「ヘバ」についてネットで調べてみた。どうやら「やってみて!」という意味らしい。あの日の韓国人の若者たちはどんな会話をしていたんだろう。今のところ「ヘバ事変」には発展していないようだが、今でもちょっと気になっている。
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