こないだ深夜になにげなくチャンネルを変えたら、映画『勝手にしやがれ』が! 何度観たかわからないくらい観ているのに、また観てしまいました。
『勝手にしやがれ』はご存じジャン=リュック・ゴダールの長編デビュー作。ヌーヴェルヴァーグといえばこの映画。主演のジャン=ポール・ベルモンドが若くてスリムで最高にカッコよくて、相手役のジーン・セバーグも最強にキュートな1本。
フランス映画って男も女もファッションから会話、しぐさや佇まいに至るまで、すべてがオシャレ。ジャン=ポール・ベルモンド扮するミシェルは自動車泥棒で、冒頭のシーンで木立の間をオープンカーで疾走しながら歌う。
「山が嫌いなら 海が嫌いなら 都会が嫌いなら 勝手にしやがれ!」
このあとミシェルはひょんなことで警官を射殺、物語は急展開していくわけだが、この冒頭シーンで乗っていたクルマはなんだろう、と調べてみた。するとわかりましたよ。「キャデラック・シリーズ62コンバーティブル 1954年式」だそうです。
(海外のサイトから写真をお借りしてきました)
そしてミシェルは次々にクルマを盗みながら逃亡を企てるのだが、盗むクルマがこれまたすべてオープンカー。ミシェルは街角に停めてあるクルマにひょいと飛び乗って走り去る。それにしてもパリの人々はなぜキーを付けっぱなしで駐車しているのか? 年をとるとそういうつまらないことを考えてしまうのだが、それはさておき、フランス映画はクルマを粗雑に扱うところがこれまたいい。以前にもこのコラムで書いた気がするが、バンパーにキズがついたくらいで悲憤慷慨する日本人と違って、縦列駐車で前後のクルマにドカンドカンと車体をぶつけてすきまをつくってクルマを出すのもへのかっぱ。こういうのって、クルマを特別な贅沢品ではなく、日常の道具として扱っている感じがカッコイイと思うんですよ。
そしてもうひとつフランス映画でカッコイイのがタバコ。『勝手にしやがれ』でも、ミシェルはとにかくタバコを吸う。運転しながら、新聞を読みながら、ジーン・セバーグ扮するパトリシアを口説きながら、ベッドインしながら、もうとにかく暇さえあればタバコを吸う。おまけに煙もハンパじゃない。イマドキの「匂いも煙も少ない」なんてヤワなヤツじゃなく、煙もうもうで顔が見えなくなるくらい。おまけに部屋の中で吸っていたタバコを、なんの躊躇もなく窓から外へ投げ捨てる。通行人に当たったらどうするんだ?
でも、それがまたすべてカッコイイんですよねえ。ミシェルがタバコをくわえたままボギー(ハンフリー・ボガード)のポスターを見つめて自分の唇を親指でゆっくりとなぞる、あまりにも有名なシーン。醜男と酷評されていたベルモンドを一躍スターに押し上げたこのしぐさは、片手にタバコがあってこそキマるんだと思う。私はタバコは吸わないが、ヌーヴェルヴァーグの映画を観ると「いいなあ」とうっとりする。昨今は街中はもとより映画やドラマでも喫煙シーンがほとんど見られなくなったが、無粋きわまりないと私は思う。いいじゃないですか別にタバコくらい、人様に迷惑をかけないんだったら、ねえ。
映画のラストはあえて書かないけれど、じつは私にとって最後のセリフが長年の疑問なのだ。ミシェルが「まったく最低だぜ」とつぶやき、パトリシアがミシェルのしぐさを真似て唇を指でなぞりながら「なんのこと?」とつぶやいた次の瞬間、映画は終わる。
この「まったく最低だぜ」というセリフが私は好きで、カッコつけの嘘つきミシェルが自分自身に投げる言葉にふさわしいと思っていた。そしてそれに対して「なんのこと?」と冷たく言い放つパトリシア。あーもうゴダールお得意の男と女の不条理だわ、と思っていた。
ところがです。最近になって改訂された新しい訳では「お前は最低の女だ」と言ってるじゃないですか! ちょっと待て。それではラストシーンの解釈がまったく別物になってしまうじゃないか。男と女の不条理どころか、これじゃただの痴話ゲンカ。なんて色気のない訳……。
フランス語で「Tu es vraiment degueulasse」と言っているそうだが、いったいどっちが正しい訳なのか。気になってしまってついつい何度も観てしまう『勝手にしやがれ』。見るたびにタバコとクルマと男と女に惚れ惚れし、ラストシーンで「納得できん!」と叫んでしまうフェイバリット・シネマなのです。
『勝手にしやがれ』
1959年・フランス映画
監督/ジャン=リュック・ゴダール
出演/ジャン=ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ
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