巷では「1Q84」book3が話題だが、私にとっては「1968」が特別な数字だ。なぜかって? それは自分が生まれた年だからだ(あートシがばれちゃうな)。
私が生まれた1968年、ひとつの志のもとに東京をめざして青函連絡船に乗った青年がいた。それが葛西薫だ。
葛西薫という名前は、一般の人々にはあまり認知されていないかもしれない。しかし「サントリーウーロン茶」のCMはきっと見たことがあるでしょう。中国の美しい風景や生活シーンを背景に「いつでも夢を」「鉄腕アトム」などの日本の歌が中国語で流れるおなじみのCM。あのシリーズを27年にわたって手がけているアートディレクター、それが葛西薫という人だ。
葛西薫は、ほかにも代表作としてサントリーローヤル・シリーズ、ソニー、西武百貨店、ユナイテッドアローズなど、誰もが一度は目にしたことがある印象的な広告を数多く手がけている。私はユナイテッドアローズの広告が大好きだ。イタリアの画家・ジャンルイジ・トッカフォンドによる映像とグラフィックを組み合わせ、ファッションの楽しさを新しい視点から紡いだ美しい映像は、一編の詩のようだ。
クルマに関わるものだと、かつて日産シーマのCMも手がけている。アイルランドを舞台にさまざまな道を走るシーマ。農道で牛の大群に遭遇し、ゆっくりと徐行しながらあとをついていくシーマと、そこにじゃれつく番犬がなんとも人間味がある映像だ。
まあとにかく葛西薫という人は、デザイナーはもとより広告業界に身を置く人間、とりわけ北海道でちまちまと広告をつくっている私たちなんざそうそうお目にかかれない超大御所なんである。
その葛西薫が今春、故郷・北海道で初の個展を開催。オープニングイベントのトークショーが行われるということで、わくわくしながら出かけてきました。
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トークショーは、個展会場である札幌芸術の森のお隣・札幌市立大学で行われた。定員200名と聞いていたが長蛇の列は途切れることなく、立見が出るほどの大盛況。ムリもない。少しでもデザインや広告に興味がある人なら、万難を排して来たいイベントだからね、今回は。
……だというのになんとメモ帳を忘れた私。とっさに入り口で配布されたパンフレットの裏にガリガリとメモをとりつつ、2時間のトークを拝聴したのだった。
葛西薫は札幌生まれの室蘭育ち。機械や模型をいじるのが好きだった少年は、高校時代にレタリングと出会う。通信教育で勉強したレタリングを使って修学旅行の記念アルバムを作ったり、卒業文集を作ったりするうちに文字の意匠に魅せられていく。これを仕事にしたいと思い、高校卒業後に上京して印刷会社に就職したのが1968年。それがデザイナー・葛西薫の出発の年だった──。
個展では有名な広告シリーズだけでなく、初期の制作物も展示されている。高校時代に作った修学旅行アルバムの「平等院鳳凰堂」のレタリング、初めてデザインした家具店の折込チラシなど、テクニックは拙いけれど、デザインの仕事ができる喜びがぴちぴちはじけているような。いま大御所と呼ばれる人だってチラシから出発するんだよなあ、そうだよなあ、と、なんだかほっとするような。
クリエイティブの仕事を長く続けていると、初期の拙い制作物を公開するのははばかられる気がするものだけど、葛西氏は我が子のアルバムを繰るかのように、じつにいとおしそうにこれらの作品を解説する。この人は叩き上げでここまで歩いてきた自分を誇りに思っているのだろうな、と思った。
葛西氏は「営み」という言葉を何度か口にした。そして、広告をつくる際に大切なのは「遠くを想う」ことだと言った。
生きることは日々同じことの繰り返しだ。起きて・食べて・働いて・寝て・起きての繰り返し。ふつうに暮らすふつうの人にめくるめくような大事件が起こることはめったにない。けれど気がついてみると、10年前、20年前とはまるで違う場所に立ち、まるで違うものを見ている自分に気づく。それは固いつぼみが人間の目に止まらぬほどわずかにわずかに身をゆるめ、ある朝大輪の花をひらく姿にも似ている。そう思うと、日々の営みを繰り返すその先に希望が見えてこないだろうか?
クリエイティブも然り。一見華やかに見える世界だけれど、実際はとても地味な作業の繰り返しだ。アイデアを練り、手を動かし、打ち合わせをし、修正し、またアイデアを練り……目の前にある課題を一つひとつクリアしながら、その先にある表現が見る人の心を少しでも揺さぶるものでありたい、願わくば大輪の花となって見る人を喜ばせたい、と思いながら、一歩ずつ進んでいく。だからこそ、日々の営みを繰り返すふつうの人々にとって、目先のことだけでなく人間の日々の営みを積み重ねた先にあるものを見つめる力=遠くを想う力を備えている広告こそが、こころの琴線にふれるのかもしれない。
葛西薫はきっと、ふつうの人々の営みの先にあるものを見ている。その営みの積み重ねが、やがて大きな力を持って花ひらくことを知っている。だから彼がつくる広告は、やさしいまなざしに満ちている。ふつうの人々のこころにしみじみとしみこんでくる。
サントリーローヤルの広告で俳優の小林薫を撮影する歳、彼はこう言ったという。
「“戦争と戦争の間にあるつかの間の幸福”を表現したい」
葛西薫が1968年からここまで積み重ねた営みが、この言葉を生んだ。まさに“遠くを想う”力が、ここにある。
いよいよゴールデンウィーク。葛西薫の広告世界を味わいに、芸術の森へ出かけてみてはいかがでしょう。
● 葛西薫1968
4/24(土)~6/6(日)
会場:札幌芸術の森 工芸館/入場無料
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