137 *親子でお出かけ

2010年01月04日 09:16|つれづれ雑記

 会社を辞めて2ヵ月経った。
 勤め人のように朝出勤して夜帰るというパターンがなくなり、移動する時間がまちまちになると、今まで見ていなかった風景が見えてくる。平日の日中の公共交通機関は、子どもを連れたおかあさんや高齢者の方が多いのだな。当たり前だけど。
 先日市電に乗ったところ、就学前と思われる女の子と30代前半と思われる母親の二人連れが途中で乗り込んできて、私の目の前に座った。
 座るなり、母親はごく自然な動作でバッグからiPodを取り出し、ひとことも発せず両耳にイヤホンを突っ込み、片手でiPodを操作しはじめた。女の子は足をブラブラさせながら無表情のままリュックサックからポータブルゲームを取り出し、これまた自然な手つきでゲームに没頭しはじめた。
 せわしなく眼球を動かしながら画面を見つめる女の子の鼻から、鼻水が垂れていた。
 iPodの画面を見つめる母親の目に、鼻水を垂らした女の子は映っていないらしかった。

 私は子どもを持っていないので昨今の子育てメソッドについてはよくわからないのだけれど、こういう親子の風景を見ることは決して少なくない。親子そろって携帯電話をチキチキやってて目の前に立っている高齢者に気づかない、なんてね。ちょっと寒々しい気分になって、こういう風景は何度みてもどうしても違和感を感じる。母親にしてみれば、子どもがゲームに没頭していてくれれば公共の場で騒ぐこともないし、自分も好きな音楽に没頭できて一石二鳥なのかもしれない。でも、まだ第二反抗期にも届かない子どもと母親が別々の画面を見つめて、それぞれを見もせず口も聞かず周囲に注意も払わず、というのは、どこかひずみがあるように思えてならない。
 はるか昔、昭和の子どもにとって、親と出かけることは一大イベントだった。母親の手にしがみついて歩くだけで晴れがましいように気分になり、バスや電車の座席に親と並んで座ると外の風景に夢中になって「あ! パトカー!」「あ! カラス!」と、目に入るものをいちいち母親に報告し、コーフンして声が大きくなると母親に小声でたしなめられてしょげたりしていた。
 あのころ、母と子は同じものを見ていたし、母はいつでも子どもの一挙手一投足を見つめていた。でも今は「個」の名のもとに、母と子はそれぞれ違うものを見つめているんだろうか。それはなんだか寂しいな……と、ここまで考えてふと思った。
 目の前の親子も、家族そろってマイカーでお出かけするときは、同じ風景を見ているのではなかろうか? 世のファミリーカーのCMが描く「家族そろって楽しいドライブ♪」という世界観そのままに、家族のにぎやかな会話はクルマの中ではしっかり健在なのではなかろうか?
 クルマというのは不思議な空間だ。日頃あまり接することがないパパと息子も男同士の会話を交わしちゃったりすることもあるし、口下手なカレもふとした沈黙をキッカケにカノジョにプロポーズしちゃったりすることもある。私は仕事柄、初対面のカメラマンやディレクターとふたりっきりで長時間のクルマ移動をすることも少なくないが、「初めまして」と名刺を交わして30分後にはバカ話で盛り上がったりすることもできちゃう。外から隔てられた狭い密室空間は、人と人との間に奇妙な親密感を生むのかもしれない。それは家族も同じではなかろうか。
 年末年始、マイカーで帰省や旅行に出かけるご家族も多いことだろう。実家が札幌の私はもはやそんな機会もないけれど、子どもの頃はスキーを積んでおじいちゃんの家へ行く年末年始は、心臓がばくばくするほど楽しみなイベントだった。流れていく風景を見ながら父や母や兄とぽつりぽつりと交わす会話も、いつもより暖かかった。
 願わくば平成の子どもたちにもゲームはしばらく我慢してもらって、車窓から見える同じ風景を親子で眺めながら賑やかにドライブを楽しんでもらいたいと思う。子どもにとって、そんな時間も大事な冬休みの思い出になるのだから。

 iPodを聴いていた母親が女の子の鼻水に気づいて、バッグからティッシュを取り出して女の子の顔を拭ってやった。
 母と子は、顔を見合わせて笑った。
 ふう。
 なんだかほっとした。

 2009年もあとわずか。
 みなさま、どうぞ良い新年をお迎えください。

佐々木美和

佐々木美和

札幌在住のコピーライター。運転免許はもちろんゴールド(ただしタイヤ交換すらできません)。近ごろクルマとは週末のお買い物や旅先のレンタカー、助手席もしくは後部座席でライトなおつきあい。ですが、クルマのお出かけは大好きです。

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