京都滞在2日目。禊ぎの雨はすっかり上がった。カラリと晴れた青空のもと、奈良をめざす。
奈良は京都と切り離しては語れない、修学旅行の定番セットメニューのひとつ。薬師寺、法隆寺、興福寺、春日大社の大仏殿、シカせんべい……なんて記憶がおぼろげにある人も少なくないはずだ。近ごろは「おとなの修学旅行」なんてフレーズをよく聞くけれど、修学旅行の旅程をそのままなぞってしまっては「おとな」とは言い難い。そこで今回向かったのが、歴史街道「山の辺の道」です。
「山の辺の道」は天理市から桜井市にまたがる道で、『古事記』や『日本書紀』にもその名を残す日本最古の官道といわれている。道程には古社寺や古墳、万葉歌碑が点在し、ハイキングコースとしても人気なのだとか。うむ、古社寺か。神社好きとしてはそそられますな。もっとも、この道は古道なのであいにくクルマは乗り入れることができない。「ドレカ」のネタとしては少々難ありだが、日頃の運動不足の解消も兼ねて、ひとりハイキングにチャレンジしてみるか。と、まあ気軽な気持ちで天理駅に降り立った。
天理市といえば、いわずと知れた天理教のお膝元。駅員さんに聞くと「あのアーケードを抜けると山の辺の道の入り口へ行けます」というので、指さされたアーケードにてくてく向かう。
このアーケード、総延長じつに1km。両脇にびっしりと並ぶ履物屋や洋品店、薬局、青果店などに混じって「神具店」の看板があちこちに出ている。全国から参拝に訪れる信者のために、経文や装束一式、祭儀に使用する雅楽器などが販売されているのだ。見慣れない風景にきょろきょろしていると、自転車に乗った数人の女子高生が楽しそうにおしゃべりしながら通り過ぎていく。ただし全員が「天理教」と白く染め抜かれた黒い法被を着ているところが、ふだん札幌で見かける女子高生とはちょっと違う。茶髪にピアスの若者も、ベビーカーを押すお母さんも、みんなごく当たり前に黒い法被を着て歩いている。なるほど、市当局が明言するとおり、この街はまさしく宗教都市なのだなあ。
延々と続くアーケードをようやく抜けると、威風堂々と鎮座まします巨大な天理教教会本部が見えてきた。
アーケードをぞろぞろと歩いてきた人々が中に吸い込まれていくのを横目に、ひとり教会本部を素通りして山側へ向かうと、急に人通りが途絶えた。通るクルマも少なくなり、昭和の風情たっぷりのどこかなつかしい町並みになっていく。
民家が続く坂道をしばらく登ると、彼岸花が咲く道端に「ここから山の辺の道」という道標を見つけた。
え? ここ? ホントに? ここが日本最古の官道なの? どう見ても民家の裏の空き地にしか見えないんですけど……不安を覚えつつ、草木を分けて入ってみる。
こりゃあ官道というよりケモノミチだ。昨日の雨の名残でぬかるむ道をおっかりびっくり進んでいく。樹木に鬱蒼と覆われた道は昼なお暗く、葉からしたたる雨水の音だけが響く中、ひとりで歩いていくのはちょっと怖い。あたりにはすでに民家もなく、ここで野生のイノシシだの不逞の輩だのに襲われたら、ひとたまりもない。ど、ど、ど、どうしよう……。
すると古い石畳の道に出た。ああよかった。少なくとも人の手が入っている道だ。少し安堵し、さらに進んでいくうちに、思わず「うわあ」と声が出た。
見事な竹林に、思わず立ち止まってしばし見とれる。青々とした竹が昨日の雨に瑞々しくうるおい、見上げる先端はぼんやり煙ったように空に溶けている。あたりを支配するのは、神々しいほどの美しさと、凛とした静謐な空気。道すがらの怖さはすっかり消えて、私は気がつくと「ありがとうございます」と自然に口に出していた。竹の青さが、さらに際立ったように見えた。
ふと目を転じると、竹林のまわりには白い注連縄が張られていた。ああそうか、ここは聖域だったのか。
奈良の神様は北からの旅人を快く迎え入れてくれた……ような気がする。
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