嫌な光景を見た。
青信号に変わった横断歩道を、ひとりの老女が杖をつきながら渡りはじめた。そこへ1台のクルマが勢いよく左折してきて、老女を認めて急ブレーキをかけた。老女は足が悪いらしく、杖をつきながらゆっくりゆっくり歩く。ぶおん! ぶおん! ぶおん! クルマを運転している若い男は苛立たしげにアクセルをふかし、じりじりと横断歩道に侵入してくる。さっさと歩け! といわんばかりに。老女がようやく横断歩道の半分ほどまでくると、クルマは老女の背後ぎりぎりのところでスピードを上げながら乱暴に左折して走り去った。
よちよちと歩いていく老女の小さな背中を見ながら、なんだかとても悲しい気持ちになった。似たような経験を私もしたことがある。冬、路面が凍結した横断歩道をそろりそろりと歩いていたら、右折してきたタクシーが減速しないで私に向かって突っ込んできたため、びっくりして立ち止まってしまった。再び歩き出すものの、凍結路面ゆえゆっくりとしか歩けない。タクシーの運転手は明らかにイライラしたようすで顔をゆがめて私を睨みつけ、もたもたするな! といわんばかりにアクセルをふかして走っていった。
こういう場面に出くわすと、冷え冷えとしたものが胸に広がってやりきれなくなる。歩行者が渡りきるまでせいぜい数秒、どうしておだやかに待てないのだろうか? 歩行者はそんなに邪魔なのか? クルマはそんなに偉いのか?
『サザエさん』の作者、長谷川町子の『サザエさん旅あるき』という作品に、ニューヨーク旅行の話が出てくる(1ドル=360円の時代だ)。激しくクルマが行き交う幹線道路で、突然クルマの流れがピタリと止まった。何だろう、と見てみると、セントラルパークの森から出てきたリスが道路を渡ろうとしている。ドライバーたちはリスが渡り終えるのを待っていたのだ。リスは道路の真ん中で悠々と身づくろいなどしているが、ドライバーたちは「…………」という感じで待っている。ようやくリスが対岸へ渡りきっていなくなると、それが合図のようにクルマが再び激しく行き交い始めた──という話。
今どきそんなことあるわけないよ、そんなの古き良き昭和のおとぎ話だよ、と言われるだろうか? でも実際にそうするかどうかは別にしても、クルマを運転すること=歩行者を守ること、という心持ちは時代を超えて必要なのではないだろうか。
私は、クルマは所詮ただの“モノ”にすぎないと思っている。欧米人の場合、路上駐車してあるクルマの隙間にずりずりと縦列駐車で入り込んできて、バンパーを前後のクルマにぶつけながらすっぽりと車体を納めてしまう、なんてお手のものだが(許されるなら私もやりたい)、日本人の場合、まるで自分の分身みたいにクルマをいとおしみ、車体はピッカピカでキズ一つあってはならぬ! バンパーをぶつけるなんて言語道断! という人も少なくない。むろんクルマを愛して大事にするのは全然構わないのだが、大事にするあまり、クルマ>歩行者と錯覚するのは少々危険だ。前述した「我が愛するクルマの行く手を阻む歩行者、許しまじ!」型のドライバーがもしも歩行者をはねたら、まず歩行者よりも自分のクルマのキズを心配するんじゃないか、などと意地悪な想像をしてしまうのは私だけでしょうか。
「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」
とフィリップ・マーロウは言った。クルマも然り、人より強いのは当たり前だからこそ、人に優しい存在であってほしいのです。
・・・といいつつ、運転中に横断歩道の真ん中でイチャイチャしてなかなか向こうへ渡ってくれないカップルなどに出くわすと、思わず「チッ!!」と舌打ちしている私なのですが。
歩行者のみなさ~ん、特別な事情がない限り、横断歩道はすみやかに渡りましょうね~。
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