パッとしない天気が続いています。
ここ数週間、「晴れ、ときどき、クルマ」どころか「曇り、ときどき、雨」(そのままじゃないか)。「北海道は梅雨がない」というのは今は昔のお話なのでしょうか。
この天気ではどうにも気分が晴れず、どこかに出かける気分にもなれず、この際ひきこもってしまおう。とういわけでフテ寝ならぬフテ読書でひきこもった週末、読んだのはこの2冊。いずれも古本屋で買った本だ。
『おおげさがきらい』池波正太郎/講談社文庫
『さがしもの』角田光代/新潮文庫
今日はこのうち大好きな池波正太郎を取り上げようと思う。
私は池波正太郎の作品の中でもとりわけ随筆が大好きで、もうすべて読み尽くしたと思っていた。だがこの本には今まで書籍化されなかった掌編が多数収められており、それこそ今まで世に出なかった若き日の池波センセイが多々綴られている。その中で「自講の思い出」という1編があった。
「自講」とは「海軍自動車講習員」のことだそうで、今でいう自動車教習所の軍隊版といったところか。池波センセイは昭和18年、富山海兵団の新兵教育の途中で「自講」に入られたとのこと。へぇー、と少々驚きましたね、私。
池波正太郎という男性は私にとって、江戸の美学に食の醍醐味、粋でいなせな男の遊びを知り尽くした孤高のダンディ。それが若かりし頃とはいえ「自動車に乗って活躍したかった」というミーハーな理由で自動車教習所に入るとは……うーむ、なんだかイメージが狂うなあ。
いわく、「自講」の教習期間は3ヵ月。実習ではこん棒を持った教官が隣に座り、頭を殴りながらハンドルの握り方やブレーキのかけ方を教え込む。学科では週1回の模擬試験の点数が悪いと、その者が所属する班の全員がこん棒で腰を殴られ、食事抜きの罰に処せられる。ひぇぇー怖い!!
20年ほど前(トシがバレるな)私が自動車学校に通っていたころも「ミスをすると教官に蹴られた」「頭をこづかれた」などという“自学は怖い説”が頻々として存在していたけれど、実際は「ヘタクソ」「不器用」という視線が痛い程度で、実際に痛い思いをすることなく運転免許を取得した。海軍式に比べると、なんと紳士的であることか。
池波センセイはあまりの仕打ちに腹を立てたものの、あからさまに反抗すると殺されると思い、無抵抗の抵抗をすることにした。学科は一切勉強せず、実習でハンドルを握っても何もしない。もちろん教官は怒り心頭に達し、あらん限りの暴行を加える。それでも無言の反抗を続ける池波センセイに教官たちはついにサジを投げ、池波センセイはなぶり殺し直前で横浜海兵団へ飛ばされることになる。つまり自講落第と引き換えに一命を取り留めたわけで、そのまま教官の暴力下に“もしも”の事態が起きていたら、池波正太郎という一兵卒は「病死」「事故死」という名目のもとに葬り去られ、「鬼平犯科帳」が世に出ることもなく、中村吉右衛門の当たり役が生まれることもなく、テレビの時代劇シーンは大きく変わっていただろう。
池波センセイは「もしも運転を習っていたら、東京近郊の静かな道を赤いスポーツカーで走ってみたい」などと綴っていらっしゃるが、やはり池波センセイには自らハンドルを握ってウィンカーを出したり駐車場を探したり、なんて似合わない。日本の文壇きってのダンディには粋な着物をさらりと着流していただくか、上質のスーツにステッキを持っていただき、江戸切絵図を片手に鷹揚な足取りでゆったりと散歩をしていただきたい。そしてふと、という感じで一見の鮨屋や天麩羅屋ののれんを分けていただきたい。そして「うむ……」などと呟きながら、盃を傾けていただきたい。ああ池波センセイ、お酒を飲んでしまったらクルマは運転できません。
今やこん棒を持った教官に殴られることなく、まじめに自動車学校に通えば誰でも運転免許が取れる時代。男性にとってクルマはある種のステイタスであることは間違いないけれど、クルマが似合わないという男のダンディズムもまた存在することを、池波正太郎は教えてくれるのだ。むろん、誰にでもできる芸当ではないけどね。
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