最初に読んだのは『トイレのポツポツ』。仕事のレビューを書くための本だったので、あまり期待しないで読み始めたのだが、面白くて一晩で読了してしまった。舞台は中堅どころの製麺会社。もともとは家族経営的な零細企業だったが、会社が大きくなるとともに、本社機能を工場のある埼玉から東京・池袋に移転。ここに勤める派遣社員が送信した1通のメールをきっかけに、会社の運命も社員の人生も大きく変わっていく。ストーリーの詳細は控えるが、こんなセリフがあったのが印象的だった。
「家業が企業になってしまったらおしまいだ」
経営拡大によって家業が企業に成長していく。それは一見喜ばしいことだけれど、それと引き換えに失うものがある。それを失った企業は、家業では想像もつかなかったリスクを抱えることになる。まあ興味のある向きは読んでみていただきたいが、『トイレのポツポツ』を読了したあとにスズキ(株)会長兼社長・鈴木修氏の著書『俺は、中小企業のおやじ』を読んで、改めて「家業が企業に~」という言葉を思い出したのだった。
単独売上2兆316億円、全従業員数16,850人(スズキホームページより)、軽自動車では世界トップシェアを誇る超大企業を「家業」などというつもりは毛頭ないが、鈴木社長の言葉の端々にはどこか「家業」の気配が漂っている。それは、鈴木社長とスズキの関係が鈴木一族の婿養子という立場から始まったというバックグラウンドのみによるものではないと思う。
この社長、なんというかとにかく熱い人なのだ。入社1年目にトラックの荷物積み降ろしスペースを確保するために勝手に敷地内の木を切ってしまったり、社長決裁も取らずに50cc二輪車のボディの色を変えて「100年早い」と油を絞られたり。野心家のエリートが集まる企画室には煙たがられ、半ば嫌がらせのように大プロジェクトの責任を負わされたときには、予算3億円のところを2億7,000万円で仕上げ、「3,000万円お返しします」と精算書を叩き付けた。さらに本社企画室が800台の生産計画を提示してきたら無理をしてでも880台作り、余力を誇示してみせる。
半ば意地っ張りにも見える鈴木氏の仕事に対する姿勢は、もしかしたら部下たちにとっては少々厄介に思われるときもあったのではないか。昨今、求められてもいないのに「生産計画の10%増しで作れ」と指示されたなら、労働組合から「じゃあ残業手当も10%増しで」とか「サービス残業を強制された」とか言われてしまいそうだ。実際、880台を作り終えたのは大晦日だったそうだが、その夜、鈴木氏も工場の従業員も全員車座になって外で焚火を囲み、茶碗酒を酌み交わしながら「いい1年だったな」と乾杯したという。
いやー、まさに「中小企業のおやじ」ですな。スズキに感じた「家業」は、もしかしてこのあたりなのかもしれない。終身雇用をはじめとするかつてのニッポン的就業観の根底には、たぶん「家業」が存在していた。給料とか労働時間とか福利厚生とか、そんなものを超えて仕事へと向かわせるものが存在していた。いってみれば雇い主は父親であり、従業員は家族の一員。うちのオヤジめ、頑固でワガママで理不尽なことも言うけれど、まあ父親だからしかたない、手伝ってやるよ、みたいな空気があったのではないかな。ある日突然「今日からワタシがミナサンのオトーサンデース。これからはフランス式に従ってもらいマース」とフランス人がやってきても、なかなかそうはいかないでしょうね。
GMと提携を結び(そのGMが事実上の経営破綻に陥ったのは皮肉だが)、インド市場への進出で成功を収め、100年に一度の不況の最中に黒字決算を実現するほどの底力を持ちながら、鈴木氏はいまなお自社を「中小企業だ」と断言する。その理由は、業界シェアNo.1としてプライスリーダーの役割を果たしてこそ「大企業」と呼べるからだ、という。同時に「業界全体のNo.1が無理でも、小さくてもいいから得意分野でNo.1になりたい」という。得意分野、すなわち軽自動車や小型車ということですな。この言葉、居酒屋のトイレに貼ってある「オヤジの十戒」にぜひ加えてほしい。
かつてのバブル時代、多くの学生が寄らば大樹、鶏口牛後ならぬ牛後鶏口を地で行っていた。「就職」してどんな仕事をするかよりも、社名を言えば誰もが感心する大企業に「就社」することが大切だった。自分でゼロから切り拓かなくても、誰かのあとを付いていけば輝かしい未来へ連れて行ってもらえると思っていた。その後日本がどうなっていったかはご存じのとおりだが、あのころ牛後に就いた学生たちは、今ごろどんな人生を歩んでいるんだろう。「軽に乗ってるオトコなんてダサくて付き合えなーい」などとのたまっていた女子たち(私じゃないですよ)は今ごろどんなクルマに乗っているんだろう。そして、この2冊の本を読んでどんな感想を持つんだろう。
バブルの大樹に寄らなかった私は、雷雨に打たれてずぶ濡れになりながら、しなくても済む苦労をして、近道があるのにわざわざ回り道をして生きてきた。でもそれが損だとかつらいとか思わずにやってこられたのは、やっぱり心のどこかで牛後を拒み、「得意なことでNo.1になりたい」と思っていたからだと思う。ま、いまだにNo.1とはいえないし、明日をも知れぬ頼りない身の上ではあるけれど、その思いは見通しがたたない苦境のなかにあって、大きな力になってくれたことは間違いない。その意味でも、この2冊はいま苦境にあえぐ社会人のみなさんになにかヒントをくれるような気がするのだ。鈴木社長、まだまだニッポンの自動車業界はオヤジを必要としていますよ。
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