86*いい男、いいクルマ。

2008年12月05日 17:50|つれづれ雑記

 何かと暗い話題が続く自動車業界だが、とても好きなCMがある。ジョージ・クルーニーが出演するホンダ「オデッセイ」のCMだ。

http://www.honda.co.jp/cmdata/auto/odyssey/cm36/index.html

 イタリア・ミラノのパーキング。懐かしのビージーズの名曲「ステイン・アライヴ」のファンキーなリズムをバックに、ジョージ・クルーニーが優雅に降りてくる。肩越しにロックして、颯爽とジャケットを羽織って歩いていくジョージ・クルーニーのセクシーなことといったらもう! もう! もう! そしてその姿にオンするキャッチコピーは「いいクルマが好きだ。男ですから」──このCMに目も耳も奪われたアラフォー、多いんじゃないでしょうか。
 私がこのCMに感じる魅力、それは「男とクルマのいい関係」が端的に顕われているところだ。あのエレガントでダイナミックなボディのオデッセイが、ジョージ・クルーニーの前ではまるで従順なシェパードのように見えてしまう。つかず離れず、モノとしてのクルマの機能を使いこなす、その軽やかな乗りこなし感がなんともカッコよく、本来クルマとの付き合い方ってこうだよね、とうなずいてしまうのだ。
 あの、ときどき見ますよね、エプロンを長—くしたピカピカのクルマが縁石をガゴガゴとこすって歩道に乗り上げたり(さっき見ました)とか、バンパーが少しこすれたくらいでこの世の終わりとばかりに悲憤慷慨する人とか。日本人に多いじゃないですか、クルマを乗りこなすというよりむしろ“おクルマ様”に乗られているタイプ。その点モータリゼーションの申し子・欧米の男たちのクルマに対する軽妙な距離感はなかなかいいなあ、と思う私なのであります。

 さて、CMとは別に、私には「男とクルマ」のイメージの原型がある。ジャン・リュック・ゴダールの映画『勝手にしやがれ』だ。

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 自動車泥棒を家業にするミシェル(ジャン・ポール・ベルモンド)はクルマを盗んで逃げる途中に警官を殺してしまう。パリへ逃亡したミシェルはアメリカ娘のパトリシア(ジーン・セバーグ)と恋に落ち、一緒にローマへ行こうと誘う。ミシェルの正体を知ったパトリシアは警察に密告。追われたミシェルは刑事の銃弾に倒れ、路上で息絶える──。

 シニカルで、見栄っ張りで、ロマンチストで、自分勝手で、セクシーなダメ男、ミシェル(それはジャン・ポール・ベルモンド自身でもあった)。クルマを盗んでドライブと洒落こんだミシェルは、やおらカメラ目線になり、歌うように叫ぶ。
「海が嫌いなら……山が嫌いなら……都会が嫌いなら……勝手にしやがれ!」
 その後追われる身となったミシェル。盗んだクルマを売りに行き、素性がバレてクルマ屋の主人を殴って逃げたり、追っ手から逃れようとして縦列駐車していたクルマを前後のクルマにガツンガツンとぶつけて無理やり脱出したり、まあやりたい放題。しかしこのクルマに対する一見荒っぽい仕打ちが、むしろクルマを便利な足として大らかに消費しつくす、欧米人らしいクルマとの付き合い方を映しているように思える。自動車泥棒という負の立場でありながら、軽快にハンドルを繰るミシェルの佇まいはのびやかで、逃亡しているときでさえどこか楽しげで、なんとも小気味よい気分になるのだ。

「いいクルマが好きだ。男ですから」というキャッチコピーには、「いい男はいいクルマが好きなのだ」という男たちのひそかな自負がこめられているように思える。ジャン・ポール・ベルモンドとジョージ・クルーニー。新旧ふたりのセクシーガイのクルマとの付き合い方は対照的だが、その所作の端々には「いい男」のヒントがひそんでいるように思われる。“おクルマ様”を好まない私にとっては、ね。

 

佐々木美和

佐々木美和

札幌在住のコピーライター。運転免許はもちろんゴールド(ただしタイヤ交換すらできません)。近ごろクルマとは週末のお買い物や旅先のレンタカー、助手席もしくは後部座席でライトなおつきあい。ですが、クルマのお出かけは大好きです。

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