前回『あなたと、どこかへ。』という書籍を紹介した際、その中に納められていた川上弘美の短篇について「クルマのなかでふたりきりになると素直になれるのは恋人どうしも母娘も同じみたいだ」といったことを記したところ、このコラムのサイトアップなどをしてくださっている北海道新聞広告局のS田さんからこんなメールをいただいた。S田さん、転載お許しください。
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車の中で二人きりになると、いつもと違う会話になるというのは、納得です。
とある社長も「社員が普段言わない心配事なんかを二人で車に乗っているとしてくるんだ」とかおっしゃっていたのを思い出しました。
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なるほどなぁ、と思いましたね。そして考えました。なぜ人はクルマの中で素直になるのか?
わたくし思うに、まずはなんといっても“密室感”でしょうね。ふだんはカラオケなんて行きません、なんて人がひとりで運転しているときは情感たっぷり、表情豊かに歌い上げていたりするのも密室の気楽さゆえと思われる。あ、私もたまにやってるな。信号待ちで隣のクルマの人と目が合うと恥ずかしいのね。ハハ。
そしてもうひとつ、クルマの中では運転している人もそれ以外の人も基本的には同じ方向を向いている。つまり同じ景色を共有しているという“絆の意識”があるのではないかな。
そしてさらに大切なこと。“面と向き合わずに済む”というのも、とくに恥ずかしがりやさんにとっては大きなファクターではあるまいか。
当然ながらクルマの中で会話していると、目を見て話す場面はぐんと少なくなる。相手の目を見て話すことは大切だけど、ほんとうに伝えたいことやむきだしの気持ちを言葉にしようとするとき、人はうつむいたり目をつぶったり遠いところを見てしばし言葉を溜めたりする。それはきっと、相手に向かってジャンプするために自分の内側に深くしゃがみこみ、「言葉を放つエネルギー」を溜めているのだろうな、と思う。その意味で、相手の目ではなく同じ道の向こうを見ながら話すクルマの中では、自分の内側に深くしゃがみこみやすく、ほんとうの気持ちをパッと言葉にしやすいのではないのかな、と思うのだ。それはひとりのときでも同じこと。言葉にならない悲しみや悩みに直面したとき、ひとりぼっちのドライブが頭をクールダウンしてくれたり、意外なところから答えが見つかったりする経験を知っている人は少なくないはずだ。
言葉を通じて相手と向き合いたいと思ったら、まず自分自身の内側と向き合うことが必要だ。大切な人とふたりきり、でも目を合わせる場面が少ないクルマの中は、自分と向き合い、相手と向き合うための格好のステージなのだろう。プロポーズとか別れ話とか、秘密の打ち明け話とか悩み相談とか、心に溜めている言葉があるあなた、まずはあの人をドライブに誘ってみてはいかがでしょう。
もっとも私自身について言うならば、助手席にいるときはいいけれど、自分が運転しているときには大事な話はしたくないですねー。運転でいっぱいいっぱいになっているので、会話の内容を覚えていないことが多いもので。ですんで、何か深刻なお話がある人は私に運転させないでくださいね。
ところでS田さんが「ふたりきりになるといつもと違う会話になる」お相手ってどんな方なのでしょう。気になるなあ。ふふふふふふ。
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