71*風が吹いている

2008年07月14日 08:31|クルマであるく

 始まってみればどこか遠いところで行われていたような、終わってみればあっけなかったような北海道洞爺湖サミットも今は昔。全国各地から集結した各府県の警察の方々も潮が引くようにいなくなり、深夜の駅前通りでは街じゅうに掲げられていたサミットの歓迎フラッグの撤去作業が行われていた。ああいう広報ツールって、役割を終えたあとはどうするんでしょうね。そのまま処分するのはサミットの趣旨に反して環境にやさしくないし、記念にとっておくにはかさばりすぎる。いっしょに歩いていた友人に「北海道マラソンのゼッケンとして再利用したらどうだろう」と提案したが却下された。いいエコアイデアだと思ったんだがねぇ。

 そんなサミットの直前、取材のため長沼町へ行ってきた。主要道路は警備が厳戒態勢に入っているから時間がかかるかも……と時間に余裕を持って出発したのだが、クルマは都心部をスイスイと抜け、カメラマンとの待ち合わせ場所である国道274号線沿いのローソンに着いたのは約束の30分以上前。札幌都心から40分くらいで着いてしまった。長沼って意外と近いんだなぁ。
 左手に小さな川、右手に田畑の風景を眺めながら取材先へ。小川の土手におじさんがひとり、腰を下ろしてぼんやりタバコを吸っていた。草の穂を揺らして、風が吹いている。なんだか、こういうところで暮らすのも悪くないような気がしてくるよ。
「ほんと、そうですよね。札幌にも近くてこれだけ自然に囲まれて。会社勤めじゃない人生っていいなぁ、と思えてきますよ」
 ハンドルを握りながら代理店の営業Yさんがうなずく。風が吹いている。

 取材相手は、長沼町でも数少ない農業後継者の青年。曾祖父から続く農家の4代目で、20ヘクタールもの田畑をひとりで作っているという。

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 まだ青い稲も、夏が終わるころには一面を金色に染めているだろう。

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 「小麦も作っています」というので、クルマで3分ほどのところにある畑を見せてもらう。

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 「夏小麦は穂にヒゲが出ないのでかわいくないんですよねぇ」といいながらいとおしそうに小麦を見つめる青年に、風が吹いている。

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 長沼町の農家の平均年齢は60歳。後継者がいないため廃業する農家も多い。「うちの父も年ですし、種まきや稲刈りの時期は派遣スタッフをお願いしています」。派遣スタッフですかぁ。農家といえども企業経営ですもんね。最近はお米のネット販売に乗り出す農家さんも増えていますが、やはりお若いからそういうIT戦略をやっていらっしゃる?
 「いえ、そういうのはやりません。顔が見える農家直送スタイルにこだわりたいので、契約しているレストランや個人のお客様に直接届けています。安心して食べていただきたいから、やっぱり手渡しじゃないと心配で」
 ご自宅でお話を伺っていると、お父様が自家製トマトジュースをふるまってくれた。


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 一口飲んでびっくり! まるで完熟フルーツみたいに甘いのだ。昔「ネクター」というドロッと濃厚なジュースがあったが、あれそっくり。しかしもちろん砂糖も塩も保存料も一切使わず、100%トマトだけ。「うちで食べるために栽培したトマトで作った、まったくの自宅用です」というが、パッケージを変えたら「きたキッチン」で売れるのではないかと思うほどのおいしさであった。あとで営業Yさんが「じつはぼく、トマトジュースが大嫌いで飲めないんです。でもせっかく出してもらったから悪いと思って口をつけたんですけど、おいしくて一気に飲んでしまいました」と白状していたくらい、ほんとにおいしかったのですよ。
 今回取材した青年、じつは江差追分日本一という肩書きも持つ。頼み込んで聴かせていただいた江差追分が、風に乗って空に吸い込まれていった。
 環境問題だの食糧危機だの原油高騰だの言いながら結論はうやむやなままのサミットに比べて、ここには「人間の幸福」のひとつの答えが明快に存在していたように思う。こんな殺伐とした時代の中、結局いちばん揺るぎなく生きているのは、「食べる」行為に誠実に寄り添っていのちを育む人々なのかもしれないなあ。
 そんなことを思いながら都心の喧騒に帰っていく私たちを、風が見送っていた。

佐々木美和

佐々木美和

札幌在住のコピーライター。運転免許はもちろんゴールド(ただしタイヤ交換すらできません)。近ごろクルマとは週末のお買い物や旅先のレンタカー、助手席もしくは後部座席でライトなおつきあい。ですが、クルマのお出かけは大好きです。

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