73*ゆるゆる日高紀行【2】

2008年07月25日 14:46|クルマであるく

 一夜明けた浦河はどんよりとした曇り。海が近いせいか、辺りは霧に覆われている。ともあれ全員クルマに乗り込みいざ出発。

 この日、私はどうしても行きたい場所があった。それは西舎(にしちゃ)。浦河町の市街地からかなり山の中へ入るこの地域にかつて母の実家があり、私はそこで産まれたのだった。すでに両親は札幌住まいだったし、長男である兄は札幌のど真ん中の大病院で産まれたのに、どういうわけか第2子の私は母の実家で産婆さん(今でいう助産師)に取り上げられた。今風に言うならば“自宅出産”か。どうも第2子というのは親も出産・子育てに慣れてくるせいか、取り扱いが大ざっぱになるようですね。「病気じゃないんだから病院じゃなくても産める」なんて。まあともかく西舎は私のルーツであるわけだ。
 その西舎の祖父母の家には幼い頃よく遊びに行っていたのだが、私が小学校に入るころに祖父母は小樽へ引っ越してしまったので、それ以来西舎に行ったことはなかった。30年あまりの空白の歳月は記憶をおぼろに風化させ、私のなかの西舎の風景はわずかな断片しか残されていない。そんな頼りない記憶をかき集めつつ、クルマの外に広がる風景に目を凝らす。
 祖父母の家へ向かう道はひたすらまっすぐ続いていて、両脇には牧場だったか、未開の原野だったか、とにかくひたすら緑一色の世界が広がっていた気がする。こんな風景もあったかなぁ。

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 子供のころ、同じような緑の風景にだんだん飽きてきたあたりで道がだらだら上り坂になり、登りきったあたりに祖父母の家が見えてきた。家の前には大きな栗の木があって、その下で寝ていた飼い犬の「チビ」がクルマに気づくと、ちぎれんばかりにしっぽを振ってわんわんわんわん吠えていた。
 祖母は自宅を兼ねて小さな雑貨屋を営んでいた。田舎の薄暗い店には、亀の子だわしから金だらい、ゴムひも、石けん、砂糖に醤油、駄菓子まで、脈絡なくなんでもあった。兄と私が遊びに来ると祖母は決まって店へ呼び入れ、好きなお菓子を選ばせてくれた。

 あれは真夏だった。兄はメロンパン、私は真ん中にクリームと赤いチェリーののっかった菓子パンを選び、家の前に並んで座って栗の木を眺めながらもぐもぐ食べていた。心からおいしいと思った。日射しが強くて、栗の木の緑がまっくろに見えるほど濃かった。
 パンくずがぽろぽろこぼれて、足元にアリが集まってくるのがおもしろかった。食べ終えたあともずっと地面を見つめたまま動かない子供たちを、チビが不思議そうに眺めていた。母が縫ってくれたワンピースからむき出しになった肩や腕を、太陽がじりじりと灼いていた。

 西舎、とつぶやくと、なぜだかあの夏の日の記憶が鮮やかによみがえってくる。でもクルマの外に目を凝らしていても、その記憶の場所がどこなのかさっぱりわからなかった。
 祖父母の家も、栗の木も、チビも、とっくの昔にこの世にはいない。大工だった祖父は今年7回忌、祖母は来年17回忌を迎える。

 ちょっとセンチメンタルジャーニー気分な私を乗せたクルマが道なりにぐるりとまわって下り坂に入ると、こんな風景が見えてきた。

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 ここは「優駿さくらロード」。道路の両側約3kmにわたりエゾヤマザクラが立ち並ぶ、お花見の名所だそうな。ふいに記憶がよみがえってきた。
 ひとりだったか、兄とふたりだったか、祖父母の家から離れて歩いていくうちに、今まで見たことのない場所にやってきた。道の両脇に木がたくさん並んでいて、木の間を抜けて草むらをかきわけていくと牧場の柵があり、まさに鼻先三寸にいきなり馬がいた。びっくりして声も出なかった記憶がある。もしかするとあれはこのあたりだったのかもしれないなぁ。

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 昔は大人も子供もつくづくのんきだった。クルマもめったに通らないし、田舎のこととて知らぬ顔も少ないし、大人たちが家のなかでおしゃべりしたり昼寝したりしている間に、子供たちはどんどん勝手にあちこち探検に出かけていた。今や優駿さくらロードは、お花見シーズンともなると大渋滞になるという。私もまた、かつて小さな足で歩いた道を、今はクルマで通りすぎている。時代はこうして変わっていくのだなぁ。人はこうして大人になるのだなぁ。

 時代は、私の記憶にない西舎をつくりあげていた。

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 「うらかわ優駿ビレッジAERU」。乗馬やパークゴルフなどが楽しめるリゾート施設。こんなおしゃれなものは30年前はなかったぞ。当たり前か。
 ここは数年前に一躍全国に名を知られる出来事があった浴場施設があるので、ご存じの方も多いでしょう。温泉を謳いながらじつは川の水を引いていたという“温泉偽装”が露見してしまった、あそこです。

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 妙に文字のバランスが悪いのは、「浦河」のあとに「温泉」と書かれていたのが消されたためだそうな。センチメンタルジャーニーの〆がこのオチとは。くーッ(涙)。

 

佐々木美和

佐々木美和

札幌在住のコピーライター。運転免許はもちろんゴールド(ただしタイヤ交換すらできません)。近ごろクルマとは週末のお買い物や旅先のレンタカー、助手席もしくは後部座席でライトなおつきあい。ですが、クルマのお出かけは大好きです。

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