近ごろ、平日の昼間だというのに街中が若い人で混み合っている。
子供たちだけでのお出かけにちょっとテンション高ぶらせ気味の中学生未満、新しい制服が入っているであろうパッケージをぶら下げてちょっと誇らしげな高校生未満、親に付き添われて家電量販店で冷蔵庫を開け閉めしている大学生未満および社会人未満などなどなど。ああそうか、春休みなのね。子供を持たない社会人は、こんなところにも小さな春を発見したりするのだ。
この時期に混み合うもうひとつの場所、それは自動車学校ではないだろうか。高校を卒業したての青少年がわんさかの、18歳の春まっ盛り。私が高校生だったころも(はるか昔ですが)、進学や就職を前にして誰もが我も我もと免許取得に奔走していたものだった。で、誰かが免許を取るとなぜかミステリアスないわくつきの場所に行きたがるんですよね。札幌だと「西岡水源地」とか「小別沢トンネル」とか、旭川だと「中村家」とか「中国人墓地」とかね。あれはどういう心理なんでしょうね。もっとも、私は怖い話は大好きだけど体験するのは絶対イヤなので行ったことはなかった。それどころかクルマの運転にも興味がなかったので免許を取りたいと思ったこともなく、まあこのクルマ社会、誰かしら運転してくれる人はいるだろうから自分は免許を持たない人生を地味に生きていこう、と虫のいいことを考えていたのだった。
ちょっと話が変わるが、私はコピーライターになる前、大学を出てしばらく高校の教員をやっておりました。北海道の教員にとって運転免許は不可欠なんですね。都市部ならいざ知らず、町村の中には冬になると陸の孤島と化す地域もある北海道、クルマがないと生きていくのがかなり大変。しかも運動系の部活動や生徒指導部の担当などともなれば生徒を乗っけて移動する場面も少なくない。しかし私の場合、最初の赴任地が札幌からJR特急が30分に1本出ている便利な都市部だった上、新任のオネエチャンということで先輩の先生方がいろいろと面倒を見てくださり、何かあるとクルマを出してくださるものだから、やっぱり私は免許を持たない運命なのだわ~、ま、結婚退職でもしたら取りに行こうかしら~、などと相変わらずナメたことを考えながら暮らしてしていたのだった。
でもね、人生そう甘くないです。数年後、結婚退職どころか結婚のケの字もないうちに(今もだけどサ)転勤が決まってしまった。それも現任地にほど近いとはいえ、どう頑張ってもクルマがないと通勤がツライ小さな町。甘ったれた人のクルマ頼み人生に、ついに転機が訪れたわけです。というわけで仕事の合間をぬって自動車学校に通い始めたのだが、3月という時期が悪かった。もともと興味のない運転教習で教官にコテンパンに叱られ、涙目でヨロヨロと歩いていたら背後から「センセー、センセーッ、なんでここにいるのーっ?!」と大声が。そう、ついこの間まで制服を着ていた卒業生だったのだ。元・生徒と自動車学校で同級生になってしまった自分の情けなさ。そして身を縮めて時間休暇をいただきながらちまちまと教習に通う私を尻目に、ほぼ毎日通いつめてどんどん先に進んでいく彼らに置いていかれるやるせなさ。あーなんで先生なんかになっちゃったんだろう、いやそもそもなんで学生時代に免許を取っておかなかったんだろう私のバカバカバカ......と、つくづく我が身を呪いました。
そんな後ろ向きな気分で通っていたものだから、最初のころは教習がイヤでイヤでたまらなかった。転勤に伴う慌ただしさはもとより、転任先での慣れない日々に憂鬱な運転教習が加わり、もう免許なんかなくてもいいッ! 中退してやるッ!! とちゃぶ台をひっくり返したくなったことも一度ならず。しかし転任当初は同僚の先生のクルマに毎朝拾ってもらっていたため、早く免許を取らねば申し訳ない、そして払ってしまった教習料をムダにするのも口惜しい、という思いがちゃぶ台にかけた手を押しとどめたのだった。結局仮免に1回落ちたのだが、だんだんスムーズに操作できるようになると教官にほめてもらえるようになり、ほめてもらえると運転が楽しくなり、2ヶ月後に晴れて免許を取得することができたのでありました。
教習を重ねるうちに顔見知りも何人かできた。勤務先ではない高校を卒業した女の子、まだ免許も取っていないのに「安かったから先にクルマを買っちゃった」というOL、子供2人を抱えて離婚したてで「免許取って働かなくちゃ!」とはりきっていたシングルマザー。同じ時期に教習を受けたおかげでみんななんとなく「同志」という感じの共感で結ばれていた。本免に合格したとき抱き合わんばかりに喜びあったあの人たちは、今ごろどこでどうしているのかな。今ごろどんなクルマに乗っているのかな。それぞれにいいクルマライフを送っているといいな。
近所の自動車学校をふらりと覗いてみると、数台の教習車がちょっと不安げに、でもなんだかうれしそうに、よたよたゆるゆるとコースを走っていた。また一歩大人に近づく小さな春が、ここにもありました。
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